あくる日の朝、焚洲家の本家から遠く離れた場所。ひっそりとした空気の中、簡素ながら広々とした家に、訃報が届いた。
「――峯が死んだか」無造作にのびた真っ黒な髪の毛が揺れた。二十歳の半ばを少し過ぎたぐらいの凛々しい顔つきね男が、自分に言い聞かせるように呟いた。
「与弼様…まことに申し上げにくい事なのですが、峯殿を手にかけたのは――」使いの言葉を与弼は手で制した。「わかってる。殊深だろ。後継者候補の中で一番当主の座に執着しているのはアイツだからな」そう言った与弼の言葉に使いは小さく首を振る。
「主犯についての足取りはつかめていませんが、恐らくそうでございます。ただ、峯殿に直接手を下したのは…」与弼は言葉を待った。
「杞李殿で、ございます」
与弼の瞳に殺意にも似た激しい感情がよぎる。ほんの一瞬の沈黙。それを帳消しにするかのように、焦りをかくせない瞳と相反して苦笑した。参ったなと笑う彼は、決して愉快そうではない。
「殊深の奴、俺が杞李に目をつけていたのを知ってたな」皮肉った声からは後悔の念を感じる。使いは主人の言葉を待った。
「飛行機の手配をしろ。殊深より先に杞李を見つけ出して、海外に逃がす」そうとだけ言うと与弼は立上がり、出かける準備を始める。使いは頭を下げたまま話しかける。
「杞李殿になぜそこまで執着なされるのか、周囲は解せぬようです。実の所、私でさえよく把握していません。どうか、お考えをお聞きかせ願いたい」使いの意に反して、与弼は静かに話した。
「杞李はな、俺が天下を取るうえで欠かせない存在なんだ」身支度を調えた与弼は薄く笑った。
「アイツには俺の右側が一番似合う」
使いも呆れたように失笑した。
そして杞李は、誰かを追う側から、誰かに追われる側になり変わった。
→ツヅク