桜の木の下にいる不審な二人組に興味を抱いた帝は、二人が何やらゴソゴソしている隙に、こっそりと庭に降り、二人に近付いていきました。
そして──二人まであと10歩足らずまで近付いたとき、突然二人のうちの一人──しかも美人だがなぜか手に針と糸を持っている──が振り返ったのです。
そして、いつの間にか自分達のすぐ近くに来ていた帝に気付くと、その針と糸の女性は一瞬驚いた顔をし、しかし素早く表情を整え、もう一人の女性をかばうようにすっくと立ち上がりました。
そして、「宮廷の方でございますか?…初めに申しておきますが、私達は怪しい者ではありませぬ。ただちょっと──…長旅で疲れたものですから、この桜の木の下で休ませて頂いておりましたの。」と、(少し偉そうな口調で)庭にいた理由を説明しました。
帝はその物言いに少しムッとしましたが、相手は自分が帝だということを知らないのだ、と思うことで自分を無理矢理納得させました。
そして気をとりなおして、「よい。私…──この庭でよければいくらでも休むがよい。ところで…そなたの後ろにいる者は誰だ?」と、優しく、やさ〜しく聞きました。
すると針と糸の女性は端整な顔の表情を僅かに変え、「…貴方には関係ございません。」と、そっけない答えを返しました。
その態度に再びムッとした帝は、「優しくしてやってるのに、なんだその態度は!私は帝だぞ!帝!無礼な女め!」…と怒鳴りたいのをこらえ、残り少ない理性を振り絞って「…関係はなくとも顔ぐらいは見せよ。それが礼儀というものだろう?」と負けずに言い返しました。
ところがそう言ったとたん、針と糸の女性は本当に表情を変え、厳しい顔と口調で「なりませぬッ!この方は…」と激しく拒否しようとしたのです。
その時。「螢。」と、針と糸の女性の背後から、鈴を転がしたような声が聞こえてきました。