振り向いた女性の顔を見た帝は、大変驚き、その場に呆然と立ち尽くしてしまいました。
そして、無意識のうちに、女性に向かってこう言っていました。
「貴女ほどの美女は見たことがない。どうか…私と結婚してはくれまいか。」と。
言ってしまってから、帝は自分が口にした台詞の重大さに気付き、自分でも何が起きたのか一瞬分かりませんでした。
女性と螢という従女も「何がなんだか」といった様子で、目を丸くして帝を見つめています。
しかし帝は己の心(本能ともいう)に従う人でしたから、意を決して、女性にゆっくりと歩み寄ろうとしました。
そして女性にあと3歩とまで近付いたその時──…女性が脅えたような顔をして、帝から距離を置くかのように後退ったのです。
そして泣きそうな表情をして帝を見据え、震える声で、「お戯れはおやめください。どなたかは存じませんが、私は自分の身の上をちゃんとわきまえております。私が醜女であるということは──…私自身一番よく分かっております。ですから…これ以上私を惨めな存在に貶めるのはおやめください…!」と言い、一筋の涙をその紅い頬に流しました。
夕日に照らされて輝くその涙の美しいことといったら、「今まで見てきたどんな宝石よりも美しい」と帝に思わせるほどでした。
しかし同時に帝は、自分が本心から言った言葉を受け入れて貰えなかったことに、ひどく衝撃を受け、また、目の前の女性──…伊織姫が、今までどれほど辛い目に逢いながら生きてきたのか、痛いほど解りました。
そして帝は、誰よりも美しい涙を流す伊織姫の、心についた傷を自分が癒してあげたいと自然と思い、後退った伊織姫に再びゆっくりと近付くと、逃げようとする姫の腕を躊躇いなく捕えたのです。
その時、螢と言う従女が一瞬何かを言いかけましたが、帝の強い眼差しに射抜かれ、怖じけづいたのか、結局何も言いませんでした。
そうして従女を目線で制しておいてから、掴んだ腕を優しく引き、僅かに抵抗する伊織姫をゆっくりと自分の懐に抱き寄せました。