「…──冗談じゃない。」
突然響いた冷酷な声音に、帝と伊織姫は一瞬ビクッとし、そしてゆっくりと後ろを振り返りました。
するとそこには、怒りからか、肩を震わせ、鋭い目で帝を睨みつける螢の姿がありました。
そして螢はもう一度「冗談じゃない…！」と低く呟くと、ゆっくりと右腕を伸ばし、帝の手を振り払うと伊織姫の腕を掴んでそのまま引き寄せ、帝がしたのと同じように姫を胸に抱き寄せたのです。
帝が「なッ…私を誰だと思っている！」と叫んでも、全く意に介さず、更には帝を絶対零度の視線で見据えました。
そして帝を見据えたまま、「いかに最上の身分といえど、貴方のように容姿で人を差別する人間に…私の大切な姫を渡すわけにはいきません。」ときっぱり言い放ち、目線を帝から腕の中の姫に移すと、片手は姫の腰に回したまま、もう片方の手で愛しむように栗色の髪を撫で、こう言いました。
「私は貴女のことを醜姫だと思ったことなどありません。寧ろ貴女は…そう、美しい。その黒目がちの二重の瞳…スッと通った鼻筋…愛らしい唇…凛々しい眉…そしてその栗色の御髪。どれをとっても…その辺の女より優れている。しかも頭も良いし気立ても良い。あんな環境で育って──貴女のような女性に育つなんて、まさに奇跡です。」
「ほ…螢…？」
伊織姫は困惑した表情で、かつてないほど自分を褒めまくる螢を、その腕の中から見上げました。
──そして、螢の腕に抱かれたとき、先程の帝のときと同じ感覚をおぼえた事により、姫の中で螢に対する一つの疑惑が浮き沈みし始めていたことを、姫自身、まだハッキリとは気付かないながらも、ぼんやりと感じていました。──
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