「ほ…螢…?」
困惑した表情で、伊織姫は螢をその腕の中から見上げました。
しかし螢はそれだけ言って口をつぐむと、それ以降微動だにせず、帝から伊織姫を守るかのように腕の中に包み込んだまま、再び帝を睨みつけました。
帝も姫も、そのただならぬ気迫に圧され、手も口も出せないままで、時間だけが刻々と過ぎてゆきます。
やがて、沈みゆく夕日が周囲の明るさを段々奪い、帝と伊織姫──…そして螢の端整な顔にも影を落としてゆきました。
そしてついに山の端に夕日の最後の一閃が沈み、辺りが仄暗い闇と静寂に包まれたとき、最初に静寂を破り、再び口を開いたは螢でした。
全て──…人も樹々も闇に溶けた景色の中、螢の言葉だけがはっきりとした形をもって辺りに飛び散り、広い庭に静かに響きました。
その形の良い唇が紡いだ言葉は──…帝も伊織姫も、到底驚きと動揺を隠せるような内容ではありませんでした。
──そして同時に、伊織姫の中でぼんやりとしか浮かんでこなかった疑惑が、この時はっきりと輪郭をもち、姫の中で確信に似た答えが導き出されようとしていました。──
「伊織姫…。実は私は貴女に嘘をついていました。ですがもう貴女を欺くなんて…、自分の気持ちに嘘をつくなんて、出来ません。私は…貴女を愛しています。そう、貴女に初めて仕えた日からずっと…──。」
螢はそう言うと、姫を抱く腕に更に力を込め、優しく…しかし強く、姫を抱き締めました。
そのまさかの展開に、帝は瞠目し、伊織姫はさらに困惑した様子で、螢を見上げていました。