岬は一樹が大学受験の試験日に、香里の家に来ていた。状態が悪化しつつある香里は、起き上がると嘔吐をすることも多くなり、以前のように思うようには動けない、目もよく見えなくなっているようで、不安を訴えることも多くなっていた。一樹の名前をいてもいなくても呼んでみたりする。
そんな香里を心配してのことだった。
岬は香里に頼まれたミルクティーをキヨさんから受け取ると、ベットサイドテーブルにはこんだ。
「ありがとう」
香里は少し上半身を起こして、ミルクティーに口をつけ、笑顔を絶やさずにいるのが不思議な気がした。
「香里さんは、なんでそんなに笑顔でいられるんですか?」
岬はいきなり質問してみた。死を目の前にして、この微笑みはどうしてだろうか、無理していないのかと気になっていたからだ。
「それはね、もう私には笑顔しか与えられないからよ。」
以前は器用な人で、お菓子の手作りをしてもてなしてくれたし、勉強も全科目効率よく教えてくれていた。それだけ頭がよく、もちろん画家の娘だから、香里の描く絵はすばらしい輝きをもっていた。
今は食べるのと、トイレに行くときに立ち上がるのがやっとになっていた。頭を抱えることも多くなり、その中で、何も出来なくなったと表現しても、仕方ないのかもしれない。
「今までこんなに歯がゆいことは無いけど、一樹や岬ちゃん、桜井君がいてくれて私幸せなのよ。そりやあ一樹ともっと生きたかったけど、そう思って執着するのはやめたの・・・」
少し寂しげに微笑んでいた。
外はこのあたり独特の濃い霧がかかり、外を見ることが出来ないくらい、白く煙っていた。