人形姫。
そう呼ばれる姫がいた。泣きも笑いもしない。けど人間で生きていた。
でも人々は皆口ずさむ。
人形姫──
「人形姫……?」
「そうだ、今度からお前がその姫の護衛だ」
一般民からのしあがり、王宮の衛兵になれただけでもすごい事だ。
せいぜい門兵か倉庫兵かと思い初出兵すれば、いきなり姫の護衛? ありえない。
「何故、俺なのですか? 姫ともなれば代々王宮に仕えてきた武家の者、武将クラスが護衛につくべきで、当然のはず──」
白髭を生やした長官が顔をシカらめ、溜め息をついた。
「──人形姫……をお前は知らぬか? 戈月・シエラ・シュミルエール」
「知りません。俺はこの国に来たのは、国民格闘武道大会で優勝すれば、王宮兵に召し上げて下さると知ったからです」
戈月と呼ばれる、まだ十代の少年が、悪びれも無く答える。
透き通る金髪に、蒼く澄んだ瞳。
黒髪・黒瞳が普通のこの国では際立ち浮く存在だった。
「──……人形姫、〈夢姫〉様はこの国の第1王女にして、第1王位継承者であらせられる。だが──姫は特殊で……」
「特殊?」
「目がお見えにならない」
「目が?」
視力が無い障害持ちの姫様か、と戈月が思っていると長官が、言葉を詰まらせながら言いにくそうに続きを話す。
「だが──姫は見える……のだよ。戈月」
「はっ?」
「何と言うか……人間の躰の視力は無い。瞳は光を写さない。だが──姫は特殊で全てが見えるのだ」
「全て……?」
「そう〈全て〉」
王宮から離れた別塔。
ここは牢屋のように周りに高い壁があり、扉は鎖の鍵がかけられている。
「姫…?」
別塔を囲むように円の高い壁、出入り口は一つの鍵のかけられた扉。
塔と、端から端まで五分もかからない長さの庭。
それだけの世界で〈人形姫〉は生きていた。
「──カ…ヅキ?」
庭で佇んでいた盲目の姫が戈月の名を呼ぶ。
見目美しい黒髪の王女は、無表情で王女なのに地味な服を纏っていた。
戈月は盲目だからと言って、適当な対応をしなかった。
姫の前でしゃがみ、片膝を地面に付け、左手を胸に置き、頭を下げる。
「戈月・シエラ・シュミルエール、本日から姫の護衛になりました。俺は姫を御護りします」