帝は螢が男だと判り、思わず後退りしました。しかもますます訳が分からなくなり、混乱して言葉もまともに発せないくらいです。
「あっ…!?そなたは…!…はっ?…お…男!?」
するとその様子を見ていた螢がニヤッと笑い、「…そう。私は男だ。全く気付かなかっただろう?なかなかどうして、上手く化けれるものだ。ふん…本当なら、姫の前でのみ正体を明かすつもりだったのだけど…。」と言い放つと、着物の上半分を勢いよく脱ぎました。
そこにあったのは紛れもない男の肉体でした。男にしては小柄ですが、贅肉のない引き締まった体躯。暗闇でぼんやりとしか見えなくても、なかなか端整な肉体をしていることが判ります。
帝以上に驚いた伊織姫は、半分放心状態で、「あなた…螢…!どうして…あなたは…!」と、言葉にならない言葉を発しました。
そしてそれは同時に、姫の中で、疑惑が確信に変わり、確信が揺るぎない真実へと変わった瞬間でもありました。
(やはり…──螢は男性だったのですわ…。)
するとその様子を見ていた螢は、帝を見る目とは打って変わって優しい眼差しを姫に向け、「悪いね。貴女を騙したくはなかったんだが…こうでもしないと貴女には近付けなかったのでね。幸い私には左大臣家に仕えられるだけの器量と教養があったし。…それぐらい、私は貴女が好きなんだ。その想いだけで、従女として10年間も貴女に仕えてこれた。この私がそんな時間をかけてまで欲しいと思ったのは、貴女ぐらいだ。」と言い、そのあと照れ臭そうに笑って、「…姫。私が男だと判ったところで、螢って呼ぶのはそろそろやめないか?私の本当の名は──…」と言いかけたその時。
突然、暗闇だった庭に幾つもの灯りがともりました。
実は、帝の帰りがあまりに遅いため、心配した衛兵が松明を手に庭に捜索に来たのです。そして、衛兵の一人が桜の近くにいた帝に気付いて近付いていき、その松明の光で、近くにいた上半身裸の螢の背中までも照らし出されたその瞬間、その衛兵がこう叫びました。
「な…ッ!何をしに来た!?盗賊・凶刃の頭…螢雪ッ!」