松明の光で螢の背中が照らし出されたその瞬間、一人の衛兵がこう叫びました。
「な…ッ!何をしに来た!?盗賊・凶刃の頭…螢雪ッ!その背中の刺青…双頭の龍は間違いなく…」
そこまでその衛兵が言ったとき、螢──もとい螢雪の目が冷酷な光を宿しました。そして暗闇にシュッと言う鋭い音が響いた瞬間、叫んだ衛兵の持っていた松明と、その衛兵の頭が地面──しかも伊織姫のすぐ足許──に転がり落ちました。
伊織姫は悲鳴をあげ、その悲鳴を聞き付けて他の衛兵が集まって来ましたが、そのときにはもう、螢雪の姿は勿論、伊織姫の姿もなく、ただ呆然と立ち尽くす帝の姿と、首を斬られた衛兵の死体、そして螢雪が残したらしい一枚の紙切れがあるだけでした。
その紙切れに書かれてあった言葉──…『姫は預かった。無事還して欲しいなら、現帝一人で壱の宮に来い。』…それを読んだ帝は、自分も忘れかけていた過去を思い出し、ゆっくりと暝目すると、「宗劉…兄上…。」と、小さく呟きました。
…開かずの宮殿『壱の宮』。その宮の鍵を持つの者──それは10年前、右大臣の策謀によって東宮の座を追われた、本来ならば天皇継承権第一位なる天皇家継嗣・宗劉兄上のみ──…。
帝は螢雪の真の正体がぼんやりと判って来た気がして、短く息を吸い込むと、拒む衛兵を無理矢理下がらせ、独り暗い道を、壱の宮へ向けて歩き出しました。
そのとき、暗闇の中を何者かが風のような身のこなしで疾り去ったことに、帝は全く気付かず、壱の宮へと続く暗路をひたすら歩いていったのでした…。