天使のすむ湖82

雪美  2006-10-27投稿
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 二月の終わりには、香里は会話も成り立たない日もあった。俺は必死で名前を呼んでみるが、反応がなく、息はしているのに不安でたまらなかった。
「俺だよ、一樹だよー香里、香里」
そうだと思いついて、耳は聞こえているのかもしれないと信じて、香里の耳にイヤホンをつけて彼女の好きな花のワルツをかけた。何度もリピートして聞かせていた。
いつもこの曲のように優雅な美しさを保つこの人が、再び反応の低下をしている。
「聞こえるかい、花のワルツだよー」
そう呼びかけ続けた。
パタン、とドアの閉まる音がして、その向こうから、岬の気配を感じた。気を使って中に入らなかったのだろう、廊下で岬は実は涙していた。二人の姿になのか、死の近づく姿が哀しいのか、わからないけれど、一樹の必死な姿に心打たれたのかもしれない。
人は死が近づくと、うすうすわかるのだろうか・・・よくそう言うけれど、目の前の現実から目をそらせないのだった。
そこにくるはずの桜井がきっと岬の涙を引き受けてくれるだろう、なんとなく一樹はそう思っていた。

 いっそのこと桜井と岬が付き合えばいいのにと考えたこともあるが、桜井は女には興味がないと言うばかりだった。こればかりはどうすることも出来ない、でも本当に付き合ったら、俺は情けないけど嫉妬するのかもしれない。そんな自分の矛盾にも気づき始めていた。



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