菜々美は晃の身分を証明する物を着ていたスーツの中から全て、取り出した。警察からは初動捜査で混乱させて時間を稼ぐつもりだ。管轄内の警視庁に連絡したのは、警視庁の捜査が菜々美や警察庁の核心部分に迫って来たら、警察庁から圧力をかけて、晃の死亡をうやむやにする狙いがあった。下手に神奈川県警に捜査されても逆に、警察庁が苦境に立たされることになる事も頭に入れて置く必要があった。明日の午後には蒲田署に帳場が立つ事には変わりがないが、殺人としての捜査を遅らせる必要があった。いずれは晃が菜々美の部屋に訪れようとしてエレベーターに乗った事が分かるだろう。しかし、菜々美の仕事なり、私生活なり、家族関係なりを知る術は警視庁にないだろう。警察庁の捜査員であることはパソコンでどんなに検索しても見つからないし、過去の前歴者リストにも載っていない。ましてや、住民基本台帳で日本国民を検索しても菜々美の存在は現れないだろう。それが逆に、怪しいと言えば怪しいが、捜査情報がなければ捜査の仕様がない。髪が長く美しく栗毛のストレートで眼が切れ長で薄めの唇の顔を見るとハッとする綺麗な女性として延々と捜査しつづけるだろう。菜々美の部屋にも何も仕事関係の資料や情報は残していない。 情報の入った、パソコンは持ち出したバックの中に入れ込んであった。菜々美は晃の死体の傍らに立つとエレベーターを入口に出るように、B1階の車庫置き場へと急いだ。途中、支給されている、ロシア製のトカレフに銃弾をこめた。それから更に、カバンの中にあるサブマシンガンにも弾が装填されている事も確認した。エレベーターは階下に降りていく。
エレベーターを降りると、一人の背の高い骨太の男が腕を組んで待っていた。顔が無表情なのが、男の不気味さを物語っている。菜々美を監視している、国家公安委員会の捜査員なのだろう。警察の雰囲気、匂いが鼻についた。
「瀬尾 菜々美さん、恋人がそこに倒れているのに、逃走ですか?冷たい人だ」男は抑揚のない声で言った。菜々美は答えず、その男の横を通り過ぎようとすると、男は胸のポケットから拳銃を引き抜いた。菜々美は怯まず男を睨み返した。
「今迄、警察庁が調べあげた。情報を全部見せろ。全部よこせ。」男は菜々美に向けて銃口を向けた。それよりコンマ早く、菜々美のトカレフが打ち放たれた。弾は男の腹部に当たった。