一瞬で血液が沸騰するのはどんな気持ちだろう。
熱いと感じるのだろうか、マイナス二百七十度の極寒の世界なのに。
空気か。いつもまったく気にもしていない空気をこんなにもいとおしく感じるなんて。 一度大きく息を吸った。
「ドスビー、行かないで」
背中にサインの優しい言葉を聞いた後、僕は死への旅に一歩踏み出した。
一瞬、頭の中で何かがひらめいた。空気、それに万能治療気。
ヒントはすべて揃っていたんじゃないか。身を翻して船内に戻る。
僕の足をもう少しで扉が挟みそうになった。
「どうした、やはり怖気づいたのか。自分で死ぬのが嫌なら青酸ガスでも流してやろうか」
「やれるもんならやってみろ。空気を抜くのも青酸ガスを流すのもどうぞご自由に」
いきなり強気に出た僕に、コンピューターの返事が一瞬遅れた。
何が僕を強気にさせたのか考えたためだろう。
「どういうつもりだ」
他に言葉が見つからなかったのに違いない。彼に僕を殺す事はできないのだから。
答えは最初から出ていたんだ。それに気づかなかった僕はなんて間抜けなんだろう。
これに気づかなかったとしたら、あの世で死んだ仲間に死ぬまで罵倒されただろうな。
「ひとつ聞くけど、この船はもともと無人船だったんだろう? だったら、始めから生命維持装置が起動してるのはおかしいんじゃないか。無人船の中に空気を送り込む必要は全然ないはずだ。少なくとも倉庫の中は真空にしておく方が積荷が痛む心配も少ないはずだ」
「コンピューター倫理にも、人間を殺してはいけないことが決まってるんだ」
苦しい言い訳だ。
「ふざけるなよ。サインを使って僕を追い出そうとしたくせに。サインは確かにロボット三原則が生きてるから僕を殺すことができなくて右往左往していたわけだけど、おまえにはそんな倫理なんかあるもんか」
「じゃあどうして生命維持装置が切っていないと考えてるんだ? おまえは……」
まるで人間としゃべってるみたいだ。この船のコンピューターは感情さえ持ってるのかもしれない。しかしそれは邪悪な感情だ。