遠くから呼ぶ声
(またあの夢だ…)
長くつややかな黒髪
細造りの清楚な顔立ち
柔らかな空気がふわりと その身を包み込んでいる
『君、僕を呼んだ?』
…わ……の事……
『何?よく聞こえない』
風に妨げられ、途切れがちに届く声に焦れた僕は、思わず大声で聞き返した。
…とは、現世で……
『現世? 一体何の事だ、説明してくれ!』
その声が突風を巻き起こしたかの様に、彼女のはかなげな姿が急激に遠退いていった。
「おい、待て!」
ガバッと身を起こした時、正面にいた人物とまともに鉢合わせる形となる。
「びっくりしたあ〜…。
うなされてると思ったら、急に大声出して跳ね起きるんだもん…。 心臓に悪いよ慎司」
「ああ、ゴメン。 千尋を驚かすつもりはなかったんだけど、また…例の夢さ」
「え? それって…、
見覚えの無い美女があんたを呼ぶってヤツよね…?」
「いてててっ!何つねってんだよ、おい」
「…浮気者だから」
「違うだろ!やめろっつーの全く」
頬をプーッと膨らませ、すっかりご機嫌斜めになった大沢千尋に手を焼きながら、僕、青木慎司は寝汗で不快にベトつくTシャツを替えた。
「よ!青木。 久々に一杯どうよ?」
「剣崎、お前が一杯で済むってのか? このウワバミ野郎が」
「言ってくれるねえ。
ま、細っけえ事は気にしなさんな。 老け込むぞ」
同僚の剣崎均に引きずられるまま、夜の巷へと繰り出した。
「ママ、いつもの!」
「あら、均ちゃん。 いらっしゃい」
振り向いた彼女を見た瞬間背筋を衝撃が貫いていた。
「…………」
「ん? どうした青木。
顔色悪いけど」
「こんな事って……」
僕は、訝しむ剣崎をよそに、冷たい汗を額に浮かべながらその場に凍り付いていた。