伊織姫が新たな疑問に悩まされている一方、螢雪は、穏やかな口調で、「よい、月乃。姫は優しく賢い方だ。必ず解ってくれる。それに…お前が首尾よく現帝を庭に誘いだしたから、ここまで巧くコトを運ぶことが出来たのだ。しかしあの衛兵め…私を盗賊などと間違えおって…。あれは当然の罰だった。お前が殺らなければ私が殺っていたよ。」と、優しく言いました。
月乃はそう言われて、一瞬嬉しそうな顔をしましたが、すぐに表情を元に戻し、螢雪の側にそっと控えました。
そして螢雪は少し苦々しい顔をすると、月乃に向かって、「それより本当に一人で来るとは…アレの良いところは馬鹿素直なところだけだな。しかも政の才は全くない。さぞかし、ていの良い木偶人形となったろう。…右大臣家にとってな。」と冷たい声で言い放ち、ふと扉の方に目を向けると、「いらっしゃったようだぞ。…外門の鍵を開けてやれ。」と月乃に命じ、美しい細工の施された鍵を渡したのでした。
…月乃が螢雪に命じられて、足音も立てずに出ていくと、螢雪は唖然としている伊織姫の方に向き直り、少し微笑んでこう言いました。
「どうだ、姫よ。私と現帝を繋ぐ答えは出たか?…解らないならいくつか手掛りをやろう。…今の女・月乃は帝専任の従女兼暗殺者だ。しかも主として認めた帝にしか仕えぬ。もう一つ。天皇継承権第一位の男子に与えられる宮で、その宮を頂いた者にしか入れぬ宮がある…。その宮がこの『壱の宮』だ。さあ姫よ、これでもう判っただろう?私が何者で、一体何をしようとしているのか。」
伊織姫は螢雪の提示した手掛りを、一つ一つ丁寧に吟味し、そしてついに確信を持って、答えを導き出しました。
「螢雪…貴方はやはり10年前に即位目前で追放された…東宮様ですね!?その双龍華が何よりの証拠ですもの…!」
螢雪はにっこりと笑って、再び扉に目をやり、「現帝がいらっしゃったようだ。…続きは彼と一緒に話そう。」と言うと、双龍華が彫られた鞘に刀身を戻し、静かに床に置いたのでした。