「隼施さん」
マスターは買い物袋をカウンターに置き、俺に話しかけて来る。
「ん?」
「事務所の前で、愛理さんと怪しい人が、何か話していましたよ」
「え?」
凄く嫌な予感がする、助手の愛理が勝手に依頼を受ける事は多々あるが、その全てが変なものばかりだ、勝手に契約するなと言っているのききやしない、そのおかげで何度死にかけたか、急いで阻止しなければ。
「マスターありがとう。いくらだ?」
「ビール七杯で千七百五十円です」
「ごちそうさん。釣りはいらない」
俺は、二千円を置いてすぐに店を出て事務所の方を向く、事務所の前には誰もいない。
「しまった!」
すでに中に入っているのか、一瞬愛想よくお茶を出している愛理の様子が思い浮かぶ、早歩きで事務所に入り応接間に駆け込む。
「先生!お疲れ様です!」
ハイテンションな声が鼓膜から脳髄に響く、助手の愛理だ。
学校帰りなのか制服のままだ、愛理はショートカット の活発な子だ、活発すぎて嫌になる。
ソファーには、いかにも怪しい黒いスーツに身を包み、サングラスをかけた男がいる。
「お久しぶりです、十文字さん」
声の方を向くと俺のデスクによしかかりコーヒーを片手に持っている赤いスーツを着た第二助手の加藤 歩がいる。
第二助手と言ってもほとんど事務所には顔を出さない、彼女とはいろいろあるのだ。
「歩君がここにいると言う事は、豊水カンパニーがらみと言う事か」
歩君が小さく頷く、豊水カンパニーとは、いや。やめておこう説明していたら日が暮れる。
俺はコーヒーの乗ったテーブルを挟むように、おいてあるソファーに、男と向かい合わせになるように座り、軽く会釈をする。
「私が十文字探偵事務所の責任者十文字です」
「私はこういう者です」
男は立ち上がり名刺を差し出す、俺も立ち上がり名刺を渡す、いわゆる名刺交換と言うやつだ。
「十文字……ハヤセ?と読むのですか?」
「ええ。そうです、佐々木 武さん」
俺と佐々木は同じようなタイミングでソファーに腰かける。
「早速話に入りましょうか」
「ええ……ところで十文字さん、矢栄村と言うところを知っていますか?」