「幼き子を父から引き離そうとするか。…たかが人間の分際で」
その見据えてくる強い視線をオローはまっすぐに見返し、「左様。」とうなずいた。
「我らはたかが人間に過ぎぬもの。しかし、この子はどうか。今のままではその人間にも、ましてや竜にもなれませぬ。貴公はこの子を、地を這う駄竜にするおつもりか」
「ならば、貴様は何とする」
「私はこの子の父となる。言葉を教え、剣を教え、人として生きる道を教えよう。翼なき竜は飛ぶ竜には敵わぬが、人として竜をも凌ぐ者に育て上げてみせよう」
この子供にはその力がある。
この透き通った瞳の奥にあるものは、やがて人をも竜をも凌ぐだろう。
オローはそれを見抜いていた。
もはや神託などどうでもいい、この子を騎士として育ててみたいとオローは願った。
よかろう、という答えが返ってくるまでに、再び長い沈黙があった。
「しかし、儂も共に行く。人の父は貴様に任せるが、竜の父は儂にしか務まらぬ」
「蒼き竜よ、必ずよ貴公の【信】を守り義を尽くすことを誓おう」
「くだらぬわ」
それ以上は聞きたくないと言わんばかりに、ドラゴンは音をたてて翼を広げた。
それから十年の歳月が流れた。
蒼き翼を持つ竜に育てられた幼子が十年前に辿った道を、今、
封印騎士団の一員として遡っていく者がいた。
封印騎士団の根拠地を目指し、疾走と空を翔ける。
十年前と同じ蒼き竜の背に乗って。
名をアインという。
彼を連れ帰り、育て上げたオローはすでに亡い。