僕は今の生活に不安や不満がある訳じゃない。
まして、後悔等ない。
独身の頃のような刺激を求めた遊びも、若い頃だけの話しと割り切っていた。
情けない話だが、30を前に彼女の父親に呼び出され「この先娘とどうするつもりなのか」と問われ、僕なりに覚悟を決めた結婚だった。
妻の両親と同居をしたのも、良き夫をと考えたからだ。
「僕結婚するんですよ。だからもう、こんな風に会えないんです。」僕は目を閉じたままあの人に向かって告げた。
「ふーん。寂しくなるね」さっきまで、僕の二の腕を軽く噛んでは、クスクス笑っていたあの人が言った。
「8年も付き合ってるんだし、相手の親御さんだってそろそろって思うよ。それに、こんな関係ずっと…」「だけど僕は!」あの人の言葉を遮ったものの、その後の言葉を僕は続けられなかった。
僕は、仕事仲間や友達でもなく「あの人の特別な男」でいたかった。
結婚を決めたのも僕だし、あの人から離れようと別れ話をしているのも、僕で、身勝手なのはわかっている。
だけど、あの人には僕しか見て欲しくなかった。
「12月までは一緒に過ごしましょう。」そう言って僕はあの人に玄関でキスをして、あの人の部屋からいつも通り仕事に向かった。