一哉の事は何でも知っていると思っている。それが恵美子の女としての自負であり、一哉という、美しい男を丸裸で愛している証でもあった。その一哉は、読経が聞こえる僧侶の後ろの棺桶の中で息をするまもなく寝むっている。夜はどっぷりと暮れていたが、訪問客の列は途切れそうにない。恵美子は婚約者という事で親族の連なる場所に座っていた。悲しいどころでは無い、一哉が死んだのが2日前、それからすぐに通夜、告別式と恵美子は親族と共に奔走した。死に顔もほとんど見ていない。それがなにより恵美子を落胆させた。後は出棺、火葬場まで行き、一哉が骨になるのを待つだけだ。その時、参列者の中から声を駈けるものがいた。
「エミちゃん。そない落ち込んでたらあかんで、気持ちは痛い程解るけどな。」恵美子と一哉が勤めていた会社の上司だった。恵美子はゆっくりと頭を下げた。それから、静かに話し始めた。
「一哉さんは私の全てでした、彼は私のいい所も悪いところも全部愛してくれました。」目の焦点が合わないような様子で恵美子が答えた。
「泣けないほど、ショックだったんだろう。」上司は気を使い早めにその場を辞した。上司のいう通り涙は出てこなかった。あるとすれば、まだ捕まっていない一哉を殺した犯人に対してだけの果てしない殺意と侮蔑だった。僧侶の読経が終わりに近付いてくるのを、葬儀屋から聞いた。
「そろそろ出棺の準備をお願い致します。」恵美子の隣りにいた一哉の母親に耳打ちした。母親は泣きはらした頬に更に涙を流しながらうなづいた。隣りで話を聞いていた、一哉の母が立上がり、恵美子も続いた。
無事に告別式が終わると恵美子は一哉の母親にお茶を入れた。一哉のところは、親類と呼べる人はいなく、親子以外は天涯孤独のような生活振りだったようだ。通夜にも告別式にも、親類とおぼしき人は見当たらずに訪問客は会社関係者と一哉の学生時代の友達位だった。
「お母さんどうぞ。」恵美子は茶碗を母にさしだした。母親は無言で一礼して、茶碗を手に取った。