飛ぶぞ、と告げられた時にはもう、翼は風に乗っていた。
宮殿がたちまち小さくなる。
「いったい何をやらかしたのだ?」
「団長のジークを敵に回した。父さんが…オローが死んだのは、あいつのせいだったんだ」
何もかも、ジークの思惑どおりになってしまった。
オローは死に、自分はこうして追われる身となった。
「儂は驚かぬぞ。妬み、憎しみ、裏切り。人間にはよくあることよ」
「人間には……か。」
(結局、自分は人間にはなれなかったということか。)
アインは血で汚れた手の平を見つめる。
人の言葉を教えられ、人としての生き方を教えられ、十年という歳月を生きてきたといのに。
「レグナ、この方角は?」
「知れたこと。儂らが帰るべき地といえば、あの渓谷しかなかろう」
まだ自分が人間だと知らなかった頃、暮らしていた場所だ。
レグナと二人、何も煩わされずに。
「そうだな。それがいい」
不意にエリスの顔が浮かんだ。なにも言わずに出てきてしまった。
もう会うこともないかもしれない…
「皮肉なもんだ」
苦い笑いが込み上げる。
「何かいったか?」
「いや。なんでもないよ」
アインはまだふらつく頭を小さく振る。
余計なことを考えるのはよそう。
今はただ、帰ることだけ考えていればいい。帰ろう。懐かしいあの地へ。
諾と応えるかのように、レグナの翼が陽射しを受けて煌めいた。