岩山だらけの渓谷地帯。その最深部にアインとレグナが暮らしていた場所があった。
「久しいな。この場所も」
レグナが降下する。
「ぁあ、そうだな。昔と変わらない。」
アインがレグナの背からの風景を見渡す。
「帰ってきたんだな…」
懐かしい光景が眼下に広がっている。幼い頃、レグナの背に乗って幾度となく見た景色。
この少し先に水場があり、さらに先に進むと虫食いのように穴だらけの岩山がある。
「あの頃…大きくなったら自分もレグナみたいにドラゴンになるんだと、そう信じて疑わなかった。」
人間など見たこともなかったから、自分が人間だと、ドラゴンではないのだとわかるはずがなかった。
「人間どもがこの地に踏み込まなければ、今ごろ本当にドラゴンになっていたのかもしれぬな」
「かもしれない」
ふっと笑いが零れた。冗談とも本気ともつかないレグナの口調が妙におかしかったからか、懐かしい故郷に戻って気が緩んだからか。
「そのような声を聞くのは久々であるな。笑うことなど忘れたかと思うたが」とレグナがしみじみと呟いた。が、すぐにそれは訝しげな声に変わった。
「妙だな…」
辺りを見渡すかのように弧を描いて飛ぶ。
「どうやら儂らの留守中、鼠が入り込んだようだ。」
「鼠?」
「人間どもの痕跡がそこらに残っておる」
言われて見下ろせば、削り取られた岩肌や一カ所に積み上げられた落石など、確かに人の手が加わったとわかる場所がある。
「渓谷を探索する時に崖を削ったり、新しく道を開いたりしたって、父さんが言ってたな。その跡じゃないのか?」
「ならばよいが…」
レグナはそうつぶやくと昔、寝起きしていた場所の近くにアインを降ろした。
「儂はもう少しこの辺りを調べる。小僧は先に休んでおれ」
飛び去っていくレグナを見送り、アインは谷間を歩き始めた。尖った石が靴底を刺し、丸い小石が転がり足元がすべる。
自在に駆け回っていたはずの渓谷が、靴に慣れた足には歩きにくくなっていた。
(ここへ帰ってきたからといって、昔に戻れるわけじゃないんだ…。)
とっさに何かの気配を感じ取った。
鼠が入り込んだ、というレグナの言葉が思い出されてくる。
歩みが重くなった。
慎重に周囲を見渡す。やはり何かの気配。
アインの足が止まる。
「遅かったな」
続