17時53分
店は相変わらずガランとしている。客は私の斜め対角線上に、老夫婦が座っているだけだ。店内にはジャズが心地よく流れている。
カツカツカツカツ‥‥
ピカピカに磨かれた床から響く音は次第に大きくなる。
「ごめん、遅れたっ」
「ううん。こっちこそごめんね、呼び出して。」
喫茶店「はと時計」は、K駅から一歩細い路地に入ったところにある。
ここのマスターである、さとるさんは取材を嫌うため、多くの人には知られてはいない。
しかし、厳選された豆でひく珈琲は格別である。またお店の名物でもある、バナナケーキに惹かれ、ここに通う常連客は多い。
私もその一人だ。
「おっ、裕美ちゃん!
いらっしゃい。2人ともいつものでいい?」
「お願いしまーす!」
「もーぅ‥参ったよ‥。酒井先生につかまっちゃってさー‥‥今度の研究発表会、わたしらの班を出すって言い出して‥‥」
「すごーいっ!さすが裕美がいると違うねー。頑張りなよっー。」
「んー‥‥。」
「はい、お待たせ」
バナナケーキとカフェラテが置かれる。
「まっ、この話はまたにしてさ‥美月の話って‥?」
「‥‥‥。
‥実はね、今度の夏休みに実家、帰ろうかなって‥」
「‥‥そっか。‥‥‥‥。‥‥木崎さんのところには‥‥‥行くの?」
「‥‥‥。まだ‥気持ちの整理ついてなくて‥」
「‥あれから何年だっけ?」
「‥2年」
「‥‥なんか早いね」
あの事件が起こったのは今から2年前になる。冬の、とても寒い日だった‥