サロンを早々とやり過ごして、リクは、当てがわれた居住区画に戻った。 その一帯は、選手村ならぬ『使節団村』と通称されていた。 実際は、村所か一つの都市だ。 大浴場からスポ―ツセンタ―・総合病院・拘置所付き船内警察に、家族連れの子弟の為の学校まであった。 自然土農園や牧場・簡易水産養殖槽も備えられていて、大低の食材なら、生から揃えられる。 同種の半独立型衛生エリア合計6つが、同じ様な目的に使われていて、リク達公人が内3つを、2箇所は記者団と企業家連が共有し、残る一つを合衆国征討軍の最高クラスや宙際政界貴顕の人士が占めていた。 【D―3可住域・第973層―普通式・No.4068】… 味もそっけもない名称だったが、そこはリクが志望した通りの、純和風・庭園付き書院様式だった。 簡素さと繊細さが、気に入ったのだ。 しかし、リクは思うのだ。しかし―縁側からの眺め、広大な池の中央にある、純白の大理石製の噴水―あれは一体、何の目的で、設置されたのだろうか? 庭から上を見上げれば、爽やかな青空が、限りなく覆っている。 さぞかし秋晴れ、あるいは五月晴れ、と言った所か。 見に受ける、からっとしたそよぎから、リクは前者と判断した。 偏光スペクトルと、電磁照射技術を応用した、人工環境システムは、なかなかの再現性を誇る様だった。 リクは、自分の寝室に充てた、離れに向かった。 四畳半のこじんまりとした、庵兼茶室だった。 そこには既に、先客がいた。パネルカ―ドから唐机の上に、投影した3Dホログラム・キ―ボ―ドを、手際良く操作しながら、正座した後姿を、こちらに向けている。 何やら、いくつかの詩句を、音程を加えて口ずさみながら、時々両肩や上身を揺する。 (足が痺れたのか?そりゃ痺れるわな。そう毎日同じ姿勢をしてりゃ) 半ば開けた障子越しに、その様子を目に入れた、少年は、履物を脱ぎ、縁側に上がりながら、内心そう呟いた。 黄色の絹地に、秋の紅葉をモチ―フにした、刺繍も艶やかなその着物姿は、紛れもない若い女性だった。