僕はそれからも、週に一度、あの人の家に行っては、昼飯をご馳走になったり泊まったりした。
誕生日が近い僕たちは、一緒に互いの誕生日を祝った。
誰よりも早くおめでとうが言いたくて、あの人の誕生日、夜中の12時に電話した。
30にひとつ足りない歳になったあの人は、
「真剣に絵の勉強をしたい」と言った。
「へぇ。そんな事考えてたんですかぁ」
僕は素直にビックリした。
「だから、仕事を辞めて、留学したい」
「えっ…、本気なんですか…」
僕は、一瞬にして寂しさが溢れた。
「うん、だから今年一年かけてベレー帽を探そうと思う。」
あの人は、こういう冗談が大好きだった。
「じゃあ、次の年は筆でも探すんですか?」
僕は一瞬でも信じた声のトーンをかき消そうと、重ねて冗談で返そうとした。
「いや、昨日文房具屋で、クーピー買ってきたから筆はいいわ」
「ムカつく…、僕の話全部フリじゃないですか!」
笑いながら、僕は返した。いつまでも続けられない事は、僕達が一番わかっていた。