―それから5年の月日が経ち、私は近所の工場の事務を手伝っていました。
朝から晩まで机に向かい書類を整理したり計算したり。
佐野のことを思い出すこともなくなっていました。
しかし、縁のある者同士だったのでしょうね。
私と佐野は、偶然に再開したのです。
寒い寒い、冬の日の夕暮れのことでした。
私と佐野は、同時に見つめ合いました。
そして薄闇に包まれた道端で、私は凍り付いたかのように静止させられたのです。
頭の中は真っ白。
心臓がきゅっと縮んで、だんだんと早く鳴りました。
ゆっくりと、佐野が近づいてきます。
なんて美しい人。
紫の夕空の中に、彼の肌が、まるで白いお月さんのようにぼやっと浮かんでいるのです。
そしてそれは、気づけば私の眼前にあり、一瞬のうちに見えなくなりました。
私の黒い長い髪に、彼の指がするりと入り込み、低いこの鼻が、ぎゅっと彼の胸に押しつけられたのです。
5年の経過を埋める、長い長い抱擁でした。
それから彼に連れられて、私は小さなホテルの一室におりました。
あまり誉めるところのない部屋でしたが、罪作りな私たちには十分でしょう。
今でも思い出せます。
あの日の彼の瞳は。