「春奈…。君が僕を狂わせるんだ…。君の存在が…。」
呟いてから、僕はベッドから立ち上がり、ソファーに深く腰掛けた。だってあのままベッドに居たら、僕はまた君に何かしてしまいそうな気がして、怖かったんだ…。
そして僕はソファーに腰掛けたまま、ベッドで眠る君をただ見つめ続けた。…君の眠るベッドと、僕が座るソファーの間にある距離は3メートルにも満たないのに、僕は君に近付けない苦しみを痛いほど感じていた。…だけどこれはきっと罰なんだ。不可触の女神を一瞬でも弑そうとした、愚かな僕への罰…──。それを感じているかのように、君の首筋に触れた僕の指先が、微かに震えた…。
やがて空はだんだんと白み、月が太陽に追われるように沈んでいった。月の妖しい光とは違う、全ての汚れを清めるような太陽の光が部屋に射し込む。
その光の眩しさで朝が来たことに気付いたのか、君は眩しそうに顔を歪めると、閉じていた目をゆっくり開いた。
そしてソファーに腰掛けている僕を目で捕えると、ニッコリと微笑み、こう言った。
「おはよう、静流…。」
その言葉に対して、僕は何でもない顔をして応えなければならなかった。君に僕が昨夜何をしようとしたかなんて、絶対に知られるわけにはいかないから。
そして僕は、月明かりの許では外していた、『良き友達』という名の仮面を被り、にっこり笑って「おはよう、春奈。」と言った。
すると君はまだ眠そうな目を擦りながら、「あ…静流のベッドで寝ちゃったんだ〜…?ごめんね…。でも静流もソファーなんかじゃなくて、一緒に寝ればよかったのにィ〜。女同士なんだからさぁ…。」と言った。
…そう、僕は君にとって『良き女友達』…。この思いは、一生気付かれるわけにはいかない。僕が本性を晒すのは、月明かりの許と、眠る君の前でだけ…──。