幸は、ここからはやく逃げだしたい気持ちでいっぱいであった。電話の相手はよりによって、例の唯。焦っていた幸に唯の喋る内容など伝わることもなく、電話と逆の耳から抜けていった。 電話を終えると、もう彼女の歌は止んでしまっていたのだ。この“平凡”の毎日での希望の灯が心の中で消える音が聞こえた気がした。彼女の視線がこっちに向けられると幸は、ますますいたたまれなくなり、バイクを置いてある場所まで歩く。今までのことが走馬灯のように頭に蘇る。彼女の歌を初めて聞いてから4ヵ月。長いようで短い時間であった。バイクにまたがると、もう気まずくてしょうがない…。 「あっ…あの…」 彼女の声だ。普通に喋る声は、初めて聞いた気かした。いつもは、あの歌声を聞いて満足していたが、今日、最後に聞けて良かったと自分に言い聞かせていた。 「あのーっ!」 一段と大きくなった声に、驚き振り向いてみる。 「あっ…あの…今日は、もう帰っちゃうんですか?」 そこには、真っ白だった頬をピンクに染めた彼女が立っている。まるで僕に、喋りかけられているような感じがしてならなかった。だがそれも自分の中にある願望なのだと決めつけ、ヘルメットを被ろうとした時だった。 「あなたですっ!」 さらに強くなる声に、また振り返らずにはいられなかった。 その出会いは、光の渦に歓迎されていた。